京都地方裁判所 昭和43年(わ)1192号 判決
被告人 本田こと河崎初三
大四・八・二生 織物業
山内正博
昭八・三・二生 織物業
主文
被告人河崎初三を懲役六月に、被告人山内正博を懲役二月に処する。
被告人両名に対し、この裁判確定の日から、いずれも二年間、その各刑の執行を猶予する。
押収してある額字紙(「大牡丹印金」用)一組(昭和四四年押第三二号の一六)は被告人河崎から、紋図(「大牡丹印金」用)三枚(同号の一九)、紋紙(「四天王文棋」用、薄茶色のもの)一組(同号の二四)及び紋紙(赤茶色のもの)一組(同号の二五)は被告人山内から、いずれもこれらを没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人河崎初三は京都市北区紫野石龍町五番地に工場店舗を置き、袋帯等の製造販売の業を営むもの、被告人山内正博は同市上京区御前通今出川上る二丁目北町六三八番地に工場店舗を置き、昭和四一年七月ころまで右河崎の仕入機(しいればた)(紋紙の提供は受けるが、原料の糸等は一切自方で調達し製品を納入する形態)として袋帯等を製造していたが、昭和四一年七月ころから以後は袋帯等の販売を営むものであつたが、被告人両名は、別紙犯罪行為一覧表記載のとおり、共謀のうえ、又は各自単独で、昭和三九年一月ころから同四三年一〇月末ころまでの間、出機(でばた)(紋紙、原料の糸等一切の提供を受け、製品を納入して賃料を貰う形態)である同市上京区新町通寺ノ内上る三丁目大心院町二七番地木村伊三郎方などにおいて、犯意を継続し、かつ営業として、「不正ノ競争ノ目的ヲ以テ」かねて指定商品被服等に付する商標「龍村平蔵製」(縦書き)につき、龍村平蔵が昭和一二年八月一一日登録を受け、株式会社龍村美術織物が右平蔵からの譲渡により同三二年四月一八日取得登録を受け、同年一二月五日存続期間更新登録を受け、有限会社龍村本社が右株式会社からの譲渡により同四一年八月三日取得登録を受け、また指定商品被服等に付する商標「龍村製」(縦書き)につき、龍村平蔵が昭和一四年八月一日登録を受け、前記株式会社が右平蔵からの譲渡により同三二年四月一八日取得登録を受け、同三四年一二月一八日存続期間更新登録を受け、前記有限会社が右株式会社からの譲渡により同四一年八月三日取得登録を受け、右株式会社が右両商標の通常使用権の設定を受け、同会社が製造、販売する袋帯などに使用される商標として一般顧客の間に「広く認識」されている商標である前記「龍村平蔵製」(縦書き)(第二九二五四四号)又は「龍村製」(縦書き)(第三一九二四二号)と類似の商標である「龍村平蔵製」又は「龍村製」(いずれも右からの横書き)の商標を、袋帯合計約一五四本について、自己が刺しゆうで縫込み又は織込み附して前記登録商標に類似する商標を使用し、若しくは前記登録商標に類似する商標の使用をさせるために登録商標に類似する商標を表示する物を有償で譲渡し引渡し、又は前記登録商標に類似する商標の使用をし又は使用をさせるために前記登録商標に類似する商標を表示する物を自己が織り若しくは前記一覧表記載の製織者らをして織らしめて製造し、もつて右株式会社龍村美術織物又は右有限会社龍村本社のための商標権を侵害するとともに、右株式会社龍村美術織物の製造、販売する「商品ト混同ヲ生ゼシムル行為」をしたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人らの判示別紙犯罪行為一覧表番号第一、第二の一から四まで、第三の一、三及び第四の各欄の他人の登録商標に類似する商標の使用をし又は使用をさせるために右登録商標に類似する商標を表示する物を製造した各所為は商標法七八条、二条三項、三七条五号、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法(以下、単に罰金等臨時措置法という。)二条一項(右第一の所為に対し更に刑法六〇条)に、同表番号第二の五、六の各欄の他人の登録商標に類似する商標を附して使用した各所為は商標法七八条、二条三項、三七条一号、罰金等臨時措置法二条一項に、同表番号第二の七、第三の一、二、三及び第四の各欄の他人の登録商標に類似する商標の使用をさせるために右登録商標に類似する商標を表示する物を有償で譲渡し引渡した各所為は商標法七八条、二条三項、三七条四号、罰金等臨時措置法二条一項に、同表番号第一、第二の一から六まで、第三の一、三及び第四の各欄の「広ク認識セラルル」他人の商標に類似する商標を表示する物を製造し、又は他人の商標に類似する商標を附し、もつて「他人ノ商標ト類似ノモノヲ使用シテ」「他人ノ商品ト混同ヲ生ゼシムル」各「行為」並びに同表番号第二の七、第三の一、二、三及び第四の各論の「広ク認識セラルル」「他人ノ商標ト類似ノモノヲ使用シタル商品ヲ販売シテ」「他人ノ商品ト混同ヲ生ゼシムル」各「行為」は、いずれも不正競争防止法五条二号、一条一項一号、罰金等臨時措置法二条一項(右第一の所為に対し更に刑法六〇条)にそれぞれ該当するところ、右商標法違反と不正競争防止法違反との各所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、いずれも刑法五四条一項前段、一〇条により重い商標法違反の罪の刑に従い、所定刑中懲役刑を選択するが、右第四欄を除くその余の所為はいずれも一個の登録商標に対する侵害の犯意を継続して行なわれたものであるから、これらを包括して一罪と認め、被告人山内の以上の罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条、一〇条により、重い、第四の罪以外の罪の刑に法定の加重をし、その各刑期範囲内で、本件犯行による商品の点数は少なくないことにかんがみ被告人らの罪責は軽くないこと、被告人両名間の本件商品の流通過程における立場、役割の相違及び被告人河崎においては同種事犯により罰金刑に処せられたことがあること等の諸事情をあわせ考え、被告人河崎を懲役六月に、被告人山内を懲役二月に処するが、諸般の情状を酌み、同法二五条一項を適用して、被告人両名に対し、この裁定確定の日からいずれも二年間その各刑の執行を猶予する。押収してある額字紙(「大牡丹印金」用)一組(昭和四四年押第三二号の一六)は判示別紙犯罪行為一覧表番号第二の二の欄の犯行の用に供した物で犯人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項を適用して被告人河崎から、同紋図(「大牡丹印金」用)三枚(同号の一九)は判示別紙犯罪行為一覧表番号第一及び第三の二の各欄の犯行の用に供した物で、紋紙(「四天王文棋」用、薄茶色のもの)一組(同号の二四)及び紋紙(赤茶色)一組(同号の二五)はいずれも判示別紙犯罪行為一覧表番号第四の欄の犯行の用に供した物でいずれも犯人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項を適用して被告人山内から、いずれもこれらを没収する。なお、訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書により被告人両名にいずれも負担させない。
(本件予備的訴因につき有罪と認めた理由)
本件本位的訴因において主張される公訴事実は、要するに、結局、被告人らは、不正競争の目的をもつて、広く認識せられた登録商標である「龍村平蔵製」あるいは「龍村製」と同一の商標を袋帯に織込むなどして使用したうえ、これらを他に販売し、もつて他人の登録商標と同一の商標を同一の商品に使用して他人の商標権を侵害するとともに、他人の製造販売する商品と混同を生ぜしめたものである、というにある。しかし、被告人らが判示認定のように使用する(商標法二条三項一号にいう「使用」の定義に従う。以下同じ。)などした商標は、前掲証拠物によると、「龍村平蔵製」あるいは「龍村製」が右からの横書きで構成され、他方、判示登録商標は、「龍村平蔵製」あるいは「龍村製」が縦書きで構成されていることが明らかであるから、右両者は、いずれも等しくタツムラヘイゾウセイあるいはタツムラセイと読まれることにおいて同一的なものである点を考慮しても、特段の事情がない限り、正に弁護人が主張するとおり、同一の商標であると断ずるには躊躇せざるを得ない(商標法二七条一項参照)。したがつて、被告人らの判示所為は、右登録商標と同一の商標を使用するなどしたことにあたるとは速断できない。もつとも、被告人らが使用するなどした商標は、判示登録商標とは、互いに観念、字体、称呼等において同一であつて、きわめて類似していることが明らかに認められるから、被告人らの判示所為は、商標法三七条一号にいう「登録商標に類似する商標の使用」、若しくは同条四号にいう「登録商標に類似する商標の使用をさせるために」「登録商標に類似する商標を表示する物を譲渡し引渡」す行為、又は同条五号にいう「登録商標に類似する商標の使用をし又は使用をさせるために」「登録商標に類似する商標を表示する物を製造」する行為にあたるとともに、右登録商標を使用する他人の製造販売する商品と混同を生ぜしめる行為にあたるというほかはない。そうだとすると、これと結局同じ見解に出た予備的訴因について、被告人らは罪責を免れない。
(弁護人の主張に対する判断)
一 商標法違反の訴因について
(一) 弁護人は、「株式会社龍村美術織物」という法人が製造した袋帯に「龍村平蔵製」として龍村平蔵個人が製造したごとき商標を表示するのは、商標の表示と商品の品質との関係が一致せず、商品の出所を混同させる結果を生じるから、右商標は、商標法四条一項一五号、一六号(当裁判所注、昭和三四年法律第一二七号による改正前の商標法―以下、便宜上、旧商標法という。―二条一項一一号に相当すると思われる。)により、本来、商標登録を受けることができないのであつて、その登録は無効である、と主張する。しかし、仮りに所論のとおりであつても、所論のごとき理由による商標登録の無効は、商標法四六条一項一号、四七条(旧商標法一六条一号、二三条に相当する。)の規定からして、登録名義人が商標権を取得した後五年を経過する前になされる審判請求によつて確定せられることを要するところ、本件において、所論法人が取得した所論商標権について右のごとき無効の審判があつたことを認めるに足る証拠は全く存しないのであるから、判示認定のごとき経過によつて本件当時判示登録商標権は、所論株式会社龍村美術織物又は判示有限会社龍村本社がこれを有していたものというほかはない。よつて、右弁護人の主張は、理由がないから、採用しない。
(二) 弁護人は、判示登録商標権は、龍村平蔵個人が昭和一〇年代以降これを有していたものであるところ、昭和二三年以降は、右登録商標の指定商品の製造、販売部門を受け持つたのは、龍村織物株式会社など法人であり、右龍村平蔵個人は、本件当時まで少なくとも、三年間以上、判示登録商標を使用していなかつたのであるから、旧商標法一四条一号の規定により、右登録は取り消されるべきであり、仮りに、検察官主張のように右龍村平蔵個人と右法人とは一体のものであるとみても、右商標を使用していた龍村織物株式会社が昭和二九年倒産した時点においてその営業を廃止したのであるから、旧商標法一三条の規定により、右商標権は消滅したというべきである、と主張する。なるほど、前掲証拠によると、所論龍村織物株式会社は昭和二七年事実上倒産し、有限会社龍村製織所も昭和二九年二月不渡り手形を発行したため、その都度その営業を廃止したことがうかがわれ、また、前同証拠、殊に証人龍村徳の当公判廷における供述によると、判示登録商標と同一と認められる(縦書きの)商標は、指定商品以外の商品に使用されたにとどまり、指定商品又はこれとの具体的関係において、龍村平蔵個人によつても、所論各法人によつても使用されたことを認めるに足る資料が存せず、したがつて所論のとおり、昭和一〇年代以降本件当時まで少なくとも三年間以上、使用されなかつたことが認められる。しかし、商標不使用を理由とする商標権の登録は、商標法五〇条一項の規定により、旧商標法下では、その一四条一項、二二条一項一号の規定により、審判を経て初めてなされ、また、旧商標法下では、営業廃止による商標権の消滅の登録は、「商標ニ関スル審判其ノ他ノ手続ノ費用及登録ニ関スル件」(大正一〇年勅令第四六四号)四条の規定にかんがみ、職権又は登録名義人の申請によるほか、正当な利害関係人の申請によつてなされなければならないと解すべきところ、本件において、判示登録商標権が右審判等の手続によつて取消されたことを認めるに足る証拠は全く存しないのであるから、判示認定のごとき経過によつて、本件当時、判示登録商標権は、判示法人がこれを有していたものというほかはない。よつて、右弁護人の主張は、理由がないから、採用しない。
(三) 弁護人は、(一)旧商標法によると、商標権は、その営業と共にする場合に限り、これを譲渡することを得る旨明定されているから、営業をしない者は、商標権を移転することができないことは明らかであるところ、本件についての商標原簿上、龍村平蔵は、昭和三一年(所論中、昭和三二年とあるのは、誤記と認める。)一二月一日株式会社龍村美術織物に商標権を譲渡したことになつているが、その時点において右平蔵が営業をしていたかが明らかでなく、また仮りに同人がそれまで営業をしていたとしても、右会社への実際上の営業譲渡があつたとは認め難いのみならず、右営業譲渡が行なわれたとされる日時は、株式会社龍村美術織物の設立日である昭和三〇年一二月三日であるということ、また、(二)新しく設立される株式会社が他から財産引受(営業譲渡を含む。)をしようとする場合は、商法一六八条一項六号の規定により、原始定款にその財産、その価格及び譲渡人の氏名を記載しなければならないのであつて、これに反する財産引受は無効であるところ、龍村平蔵から営業譲渡を受けたとされる株式会社龍村美術織物の原始定款にはその旨の記載がなされていないから、右営業譲渡は無効であるというべきであることは、商標権は営業と共にしなければ移転できないと規定されていた旧商標法一二条一項に反することを示すから、右平蔵から右会社への商標権移転はそもそも無効である、と主張する。なるほど、この点に関する検察官の見解には賛同できない。しかし、仮りに所論(一)のとおりの事実が認められ、また、前掲証拠、特に所論会社の原始定款謄本によると、所論(二)のとおり財産引受に関する商法一六八条一項六号所定の事項が記載されていないことは明らかであるから、龍村平蔵から所論会社への営業譲渡の手続に重大な瑕疵があるというほかはなく、かつ、旧商標法一二条一項の規定により、商標権は、その営業と共にする場合に限り、これを移転することができるのであるから、右平蔵から所論会社への商標権の移転の手続にも重大な瑕疵があるというほかはないけれども、商標権の移転の無効は、商標法四六条一項三号の規定により、旧商標法下では、その一六条一項三号、二二条一項二号の規定により、また、商標権の存続期間の更新登録の無効は、商標法四八条一項二号の規定により、旧商標法下では、その一六条二項二号の規定により、いずれも審判を経て初めて確定されるのみならず、右審判も、商標法四七条又は四九条の規定により、旧商標法下では、その二三条本文の規定により、いずれも商標権の移転又は存続期間更新の登録日から五年以内に請求されなければならないところ、本件において、判示登録商標についての登録又はその商標権存続期間更新登録がいずれも無効である旨の審判がなされたことを認めるに足る証拠は全く存しないのであるから、判示のごとき経過が認められる以上、本件当時、判示登録商標権は、判示法人がこれを有していたものというほかはない。よつて、右弁護人の主張は、理由がないから、採用しない。
二 不正競争防止法違反の訴因について
(一) 弁護人は、不正競争防止法違反罪は営業犯であつて包括一罪であり、最終行為終了時点から公訴時効期間が起算されるところ、本件公訴事実によると、被告人らの所為の最終日時は、昭和四三年九月二八日又は同月末日であるから、その後三年を経た昭和四六年九月末日ころで不正競争防止法違反の罪の公訴時効は、刑訴法二五〇条五号の規定により、既に完成している、観念的競合又は牽連犯の場合において、ある罪について公訴提起があつても、その時点において他の罪について公訴が提起されていない以上、その他の罪についての公訴時効は完成するものと考えるべきである、と主張する。しかし、前示法条挙示するところによつて明らかなように、被告人らの所為は商標法違反罪と不正競争防止法違反罪との観念的競合犯にあたると解すべきところ、観念的競合犯は、刑法五四条一項前段により、科刑上、これを一罪として扱い、その最も重い刑をもつて処断することとしているから、公訴時効についても、各別にこれを論ずることなく、一体として観察し、その最も重い罪の刑につき定めた時効期間によるべきものと解する。これを本件についてみると、不正競争防止法違反罪の法定刑は、同法五条によると、三年以下の懲役又は二〇万円以下の罰金であるから、その公訴時効は、刑訴法二五〇条五号により、所論のとおり、三年であるが、本件本位的訴因の商標法違反罪の法定刑は、同法七八条により、五年以下の懲役又は五〇万円以下の罰金であるから、その公訴時効は、刑訴法二五〇条四号により、五年であるところ、本件公訴事実にいう被告人らの所為は、その最終日時が所論のとおりであつて、その時点から五年を経過しない昭和四三年一一月一九日付をもつて、右商標法違反罪にあたるものとして公訴提起された以上、その後昭和五〇年一月三一日付をもつて被告人らの所為が不正競争防止法違反罪にもあたるとして、その訴因が追加されても、同訴因についても審判をなし得ることは明らかである。よつて、右弁護人の主張は、独自の見解に出るものと認められるから、採用しない。
(二) 弁護人は、被告人らに対する商標法違反罪についての本件公訴は昭和四三年一一月一九日提起されて以来既に数年の日時を経過したにもかかわらず、その審理終結直前に不正競争防止法違反の訴因が追加され、同訴因について審理を行なうことは、更に本件についての審理の長期化を招くのであつて、憲法三七条に規定する迅速な裁判の保障に反すると同時に刑訴法一条の規定する基本目的にも反し、ひいては被告人らの基本的人権を犯し、正義に反し、公訴権の乱用である、と主張する。しかし、被告人らの所為が商標法違反罪にあたるとして所論昭和四三年一一月一九日公訴を提起されて以来、その後間断なく審理が続けられてきたことは当裁判所に顕著な事実であるのみならず、その間昭和五〇年一月三一日に至つて不正競争防止法違反罪の訴因が追加されたが、前説示のとおり、本件商標法違反罪と不正競争防止法違反罪とは観念的競合犯の関係にあつて、右両者における各公訴事実は、自然的観察のもとでは、全く同一であるか又は殆んど相重なるのであつて、右追加訴因にいう公訴事実についての審理期間は、弁護人が杞憂するような長日時を要するものでないから、右訴因追加は公訴権の乱用とはとうてい認められないし、現に本件全体の審理における証拠調は右訴因追加後数か月余で終了していることも当裁判所に顕著な事実である。以上の次第であるから、本件全体の審理が所論憲法及び刑訴法の条規に反し、被告人らの基本的人権を侵害するとはとうてい考えられない。よつて右弁護人の主張は、理由がないから、採用しない。
(三) 弁護人は、不正競争防止法五条二号に規定する罪は目的罪である。即ち、同規定にいう「不正ノ競争ノ目的」とは、公序良俗信義公平に反する手段によつて、他人の営業と同種又は類似の行為をなし、その者と営業上の競争をする意図をいい、他の営業者に対する不法な行為であるにとどまらず、業界に混乱を来たし、ひいては経済生活一般を不安ならしめるおそれがあると認められる場合をいうとされているから、類似商標使用のような不正手段による利益の有無がまず問題とさるべく、その利益がなければ「不正ノ競争ノ目的」はないといわれている、ところが本件においては、被告人らがその行為によりおよそどの程度の利益を得たかが明らかでないから、被告人らには「不正ノ競争ノ目的」はなかつたというべきである、と主張する。なるほど、不正競争防止法五条二号によつて処罰される犯罪は目的犯であつて、その行為にして利益がなければ「不正ノ競争ノ目的」がないことは所論のとおりである。しかし、前掲証拠、特に被告人らの検察官に対する供述調書、第一四回公判調書中証人後藤直平の供述部分及び証人斉藤泰男の当公判廷における供述によると、被告人らの判示別紙犯罪行為一覧表中番号第二の七、第三の一、二、三及び第四の各欄の所為は、それらによつてなんらかの経済的利益を得たことが十分にうかがわれるから、たとい、本件顕出全証拠によつても、所論のとおり被告人らの右各所為による利益がおよそどの程度であつたか、かつ判示前同表中、特に番号第一、第二の一、二、三、四の各欄の所為によつて製造された物についての販売の有無がいずれも不明であつても、被告人らの判示各所為が「不正ノ競争ノ目的」によるものであることを認めるに妨げはない。よつて、右弁護人の主張は、理由がないから、採用しない。
(四) 弁護人は、不正競争防止法五条二号の規定によつて処罰される犯罪は、同法一条一項一号に規定する「広ク認識セラルル」他人の商標にかかるものであるところ、判示「龍村平蔵製」又は「龍村製」の商標が右規定にいう商標にあたるかどうかについて争いのあるところであつて、本件においては、それを肯定するに足る証拠はない、と主張する。なるほど、不正競争防止法一条一項一号の規定する「広ク認識セラルル」他人の商標であるかどうかについては、所論のとおり「一般顧客の間に広く認識されておる」かどうかにかかるところであり、また前掲証拠、特に証人龍村徳の当公判廷における供述によつても、所論のとおり、判示法人が所論商標を附して製造、販売した袋帯などの数量、価格、広告費の支出額、同種の他社製品とのシエアの大比は明らかでないけれども、前掲証拠中のアンケートの結果によると、あるいは性別、年令、職業、趣向による差異から生じるところかもしれないが、所論商標を附した袋帯の存在を知らない者が多数いるとはいえ、これを知つている旨の回答をした者も散見されることが認められること、また前掲龍村徳の証言によると、右袋帯は現代の最高級品として高島屋百貨店において展示、販売されていることが認められること、しかも同百貨店が本店のほか多数の支店を設けていることは公知の事実であることを考え合わせると、右袋帯に附せられる商標は「広ク認識セラルル」ものと認めるに十分である。よつて、右弁護人の主張は、理由がないから、採用しない。
(五) 弁護人は、「龍村平蔵製」又は「龍村製」の登録商標を附した袋帯は、高島屋百貨店以外には出荷されていないから、同百貨店以外からは、これを買取ることができないのであつて、右商標についての権利を侵害して同商標を附した袋帯を販売する等しても、そうでない袋帯と「混同ヲ生ゼシムル」(不正競争防止法一条一項一号)ことはない、と主張する。しかし、袋帯は、顧客がこれを所論百貨店で購入しても、その後他の需要者らの間を転々とすることもあり得るのであつて、そうした場合、商標権を侵害した商標を附した袋帯であるか、それともそうでない袋帯であるかが明らかでなく混同される事態を招来することは見易いというべく、したがつて被告人らの判示所為が所論登録商標を附した「商品ト混同ヲ生ゼシムル行為」にあたることは明らかである。よつて、右弁護人の主張は、理由がないから、採用しない。
以上のとおりであるから、結局、弁護人の主張はいずれも採用せず、検察官の予備的訴因につき被告人らは有罪であることを免れない。
(罪数等について)
一、本件公訴事実中の一部には、要するに、被告人らは、袋帯に判示登録商標と同一(予備的訴因では、類似-以下、同じ。)の商標を織込み又は刺しゆうで縫込み、もつて他人の登録商標と同一の商標を同一の商品に使用するとともに、これを他に販売した、というものがあるが、同一人が正当な理由なく他人の登録商標と同一の商標を指定商品に附し、かつ、これを他に有償で譲渡し引渡し(販売し)たときは、その両者を包括して一個の商標権侵害行為を構成するものと解するのが相当であるから、判示第二の五、六の各袋帯についての各公訴事実中、判示登録商標と同一の商標を使用した袋帯を他に販売したとの点は、関係証拠によると、いずれも証明が十分でないので、関係判示のごとく認定するほかはないにせよ、主文において特に無罪の言渡しをしない。
二、また、本件公訴事実は、判示別紙犯罪行為一覧表各番号欄の行為ごとに各別罪が成立し、併合罪である旨を主張するもののようであるが、商標法違反の犯行が継続して行なわれた場合には、たとい、その間に態様を異にするものがあつても、登録商標一個につき包括的に一個の犯罪が成立すると解するのが相当である(昭和四〇年(あ)第七六二号、同四一年六月一〇日最高裁判所第三小法廷決定、刑事判例集二〇巻五号四二九頁参照。)ところ、本件においては、判示認定のごとく登録商標「龍村平蔵製」に類似の商標にかかる被告人らの犯罪は、昭和三九年一月ころから同四三年九月二八日ころまでの間、継続して行なわれたものであるから、これらを包括して一罪と解した次第である。もつとも右犯罪期間中において判示別紙犯罪行為一覧表番号第一欄に示すごとく被告人両名共謀にかかる犯罪が存するが、判示のごとく被告人山内はかねて同河崎の仕入機の立場にあるのであるから、同犯罪によつて犯意継続が中断されたと観察するのは本件事案の実態にそわないというべきであるから、前示判断を左右するものでない(昭和二八年(あ)第四八八三号、同三〇年一〇月一八日最高裁判所第三小法廷決定、刑事判例集九巻一一号二二四五頁は事案を異にし、本件に適切でない。)。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉川寛吾)
犯罪行為一覧表
番号
被告人
A 他人の登録商標に類似する商標の使用をし又は使用をさせるために右登録商標に類似する商標を表示する物を製造した行為
B 他人の登録商標に類似する商標を附して使用した行為
他人の登録商標に類似する商標の使用をさせるために右登録商標に類似する商標を表示する物を有償譲渡し引渡し(販売し)た行為
商品名
日時
(昭和
年月日
ころ)
場所
製織者又は製縫者
態様
数量
日時
(昭和
年月日
ころ)
場所
相手
商品名
態様
数量
第一
両名共謀
袋帯「大牡丹印金」
「威毛錦」
四〇、一一から四一、四までの間継続
京都市上京区御前通今出川上る二丁目北町六三八番地被告人 山内の当時の工場
槇野博久
(織工)
A 商標として、右から横書きで「龍村平蔵製」を織込む
約一二本
第二
一
河崎
袋帯「四天王文棋」
「かな六歌仙」
「彩艶雅集」
「甲比丹相良」
「甲比丹仙瓢」
三九、一から
四一、一二までの間継続
同市同区新町通寺ノ内上る三丁目大心院町二七番地木村伊三郎方
木村伊三郎
(出機)
右同
約八本
二
河崎
袋帯「大牡丹印金」
「大祝矢」
「名月桜」
「中牡丹」
「遠州」
三九、一から
四一、一〇までの間継続
同市北区紫野柏野南町九番地
中元樹四郎方
中元樹四郎
(出機)
右同
約一〇〇本
三
河崎
袋帯「大牡丹印金」
三九、二から
四〇、四までの間継続
同市同区石龍町四九番地
宮部初太郎方
宮部初太郎
(出機)
右同
約一〇本
四
河崎
袋帯「大牡丹印金」
「威毛錦」
四一、八から
同、一二までの間継続
同市上京区御前通今出川上る二丁目北町六三八番地
株式会社山内機業店
槇野博久
(織工)
右同
約一〇本
五
河崎
袋帯「天平狩猟文」
(昭和四四年押第三二号の二七)
四二、一〇
被告人河崎の肩書住居
自己
B
商標として、右から横書きで「龍村平蔵製」を刺しゆうで縫込む
一本
六
河崎
袋帯「豊公芒文錦」
(前同号の二六)
四三、六下旬
右同所
自己
右同
一本
七
河崎
四三、九、二八
被告人河崎の肩書住居
後藤直平
袋帯「四天王文棋」に商標として、右から横書きで「龍村平蔵製」を織込んだもの一本
第三
一
山内
袋帯「宝鏡唐草文」
(前同号の八)
四二、一〇から
四三、二までの間継続
前記株式会社山内機業店
自己
A
商標として、右から横書きで「龍村平蔵製」を織込む
約二本
四三、一、一三
同上所
右同人
上記のうち一本
二
山内
四三、六、一九
京都市北区紫野今宮神社
中村吉隆を介し斉藤泰男
袋帯「大牡丹印金」「彩紬牡丹文」(前同号の三)、「ペルシャ狩猟文」にいづれも商標として、右から横書きで「龍村平蔵製」を織込んだもの三本
三
山内
袋帯「羊花堆朱錦」
(前同号の二八)
四三、二
前記株式会社山内機業店
自己
A
商標として、右から横書きで「龍村平蔵製」を織込む
一本
四三、二
右同所
後藤直平
同上一本
第四
山内
袋帯「四天王文棋」
(前同号の二二)
四三、八から
同、一〇末までの間継続
右同所
山内鉄蔵
(織工)
A
商標として、右から横書きで「龍村製」を織込む
五本
四三、九
右同所
右同人
上記のうち一本
以上